高すぎる賃金上昇率は株価に悪影響を与えます。
企業が儲かり、給料が上がり、上がった給料で従業員が消費を増やし、また企業が儲かる、このようなサイクルが続くことが経済成長にとって重要ですが、往々にして企業が儲かるタイミングと賃金が上昇するタイミングというのはずれるものです。
企業というのは儲かってから賃金を上げるので、まだ賃上げが行われていない時は、株主は利益だけを享受します。
そして投資家は決算書を見て、売り上げが伸びているのにコストはあまり上昇していない!と喜んだまま、ずっと同じ増益率が続くと思ってしまいがちです。
そのため賃上げが発表されてようやく投資家はコスト上昇を織り込み始め、株価には悪影響が及ぶのです。
この時、企業の売上増加よりも速いスピードで賃金が上昇するとより悪影響は大きくなります。
株主にとって従業員の給料はコストであり、株主と従業員は売上という限られたパイを取り合っているからです。
2018年10月2日、アマゾンが米国内の従業員の最低時給を11ドルから15ドルに引き上げると発表しました。賃金上昇率に直すと36%もの上昇です。
ちなみにこれは最低賃金引上げ運動の「Fight for $15」と同じ金額です。
この日のアマゾンの株価は1.6%の小幅安でしたが、小売りセクターでは賃金上昇圧力が高まるとの懸念から、ギャップが4.9%下落、メーシーズが4.8%下落、ベストバイが4.8%下落と大幅下落となりました。
このように、賃金が上昇するというのは株価にとってマイナスなのです。
賃上げ圧力が高まっている背景には、失業率が史上最低レベルの3.7%(2018年9月時点)となっていることや、アマゾンの賃上げ前にもコストコが2018年6月に最低賃金を14ドルに、ウォルマートも2月に11ドルに引き上げていたことなどが上げられます。
また、11月第4木曜日の感謝祭翌日のブラックフライデーからクリスマスまでの年末商戦に向けた準備という戦略的な意味もあるでしょう。
足元の賃金上昇率は前年比3.1%ですが、この数字がさらに上がるようだと少し心配になります。
下のグラフは平均時給の前年比伸び率ですが、過去3回のリセッションは全て賃金上昇率が4%を超えた後に起こっています。
賃金上昇率(前年比)
管理職除く平均時給(赤)、全雇用者平均時給(青)
このグラフにさらに名目GDPの伸び率を加えると面白いことが分かります。
賃金上昇率(前年比)vs 名目GDP(前年比)
管理職除く平均時給(赤)、全雇用者平均時給(青)、名目GDP(緑)
賃金上昇率(赤)が名目GDP成長率(緑)を追い抜かす辺りでリセッションとなっているのが分かりますでしょうか。
売上を伸ばしても賃金上昇率の方が高くなってしまい利益にならないので、企業は生産を止めてしまうのです。
ちなみにリセッション入りは実質GDPが2四半期(6ヶ月)で減少した時というのが一般的な定義です。
賃金の上昇が株価に悪影響を与える経路は大きく2つあると思います。
1つ目は、労働者と株主は売上というパイを取り合っているので、仕入れなどのダブルカウントを除いた売上の合計とも言える名目GDPの上昇率よりも賃金上昇率が高くなると、株主利益には大きなマイナスなのです。
2つ目は、賃金上昇率というのは将来のインフレ指標でもあるので、 賃金上昇→期待インフレ率上昇→金利上昇となることで金利負担が増加し、利益にも株価のバリュエーションにもマイナス影響を及ぼすということです。
P/Lを見ればわかりますが、売上は、従業員、債権者、政府、株主で分け合っています。
仕入れ費用も同じことです。
仕入れ費用は仕入れ先の売上となり、その売上が従業員、債権者、政府、株主に配分されます。
結局最後に受け取るのは人間であり、その人間が従業員、債権者、政府、株主、どれに属するかというだけです。
株主はリスクの最後の受け手のため、従業員の賃金上昇、債権者へ払う金利の上昇、政府へ払う税金の税率、全ての変動の影響を受けます。
これらのどれかが売り上げの上昇率を超えてくると、株主の取り分が減ってしまうのです。
下のグラフは賃金上昇率にマイナスをかけて逆メモリにしたものと株価上昇率を比べて見たものです。
賃金上昇率(前年比)vs 株価(前年比)
管理職除く平均時給×(-1)(赤・左軸)、Wilshire 5000(緑・右軸)
賃金上昇率と株価の関係を見てみると、賃金上昇率(赤)が3%以下(グラフでは黒線より上)の時は株価のリターン(緑)は概ねプラス、賃金上昇率が3%を超えてくると(グラフでは黒線より下に突入)、時間差で株価のリターンが引きずられるようにマイナスに突入しています。
賃金の上昇(強い景気)と株価の下落がしっくり来ない方は経営者の目線に立てばよく分かるかと思います。
賃金が伸びるのは労働者としては喜ばしいことですが、株主(資本家)としては手放しでは喜べないのです。